東京からきた学生

 

島へ島へと

東京からきた学生

泊めてもらうことになった小学校の宿直室で、東京からきた学生と本格的に議論する気になった先生は、私のほうに身を乗りだしながらいう。

「私たちの復帰運動は、東京のほうではどう受けとめられているんですか」

こんな質問を向けられても私は明解に答えることはできない。東京のほうでといっても一枚岩であるはずがなく、沖縄に対するさまざまな考えが分裂している。沖縄をアメリカや日本からの解放区とする、つまり、沖縄を革命の前線基地とし、アメリカと闘うベトナム民族解放戦線と連帯する。このような左翼的な考え方から、アメリカより日本に帰るべきだという、民族主義に基づく考え方まで、様々に四分五裂していたといったほうがよい。また沖縄独立運動を支援したいという心情もあった。共通しているのは、第二次世界大戦後の軍政下からの脱却である。

当時の私といえば、物情騒然としていた東京の学生運動の左翼的な考えの影響を強く受けていた。そのため大学で議論したり、パンフレットに書いてあったりしたことを受け売りで話す。復帰運動をしている現場の先生とは微妙にニュアンスが違い、なんとなく困ったようなことになる。沖縄に対するあふれる思いはあっても、それをうまく表現する自分の言葉を私は持っていなかったのだ。

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