犬と花嫁

 

島へ島へと

犬と花嫁

与那国に伝わる「いぬがん」の話は、池間栄三氏の「与那国の歴史」にあっても、古代の雰囲気を漂わせている。久米島から琉球中山王への貢物を積んだ船が出航したというから、中世のはなしであろう。離島に流れる時間は、沖縄本島に流れるものとも、またヤマトに流れるものとも、まったく違っている。それがまたおもしろいところである。

琉球王朝への進貢船は、嵐のあって行き先を失い、漂流をする。何日の何日の大海原を漂い、ようやく島影をみつけた。さっそくこぎ寄せていき、上陸すると、よさそうな無人島で、ある。そこが与那国島である。

伝説の中で、与那国島が無人島として何度も登場するのだが、不思議である。長雨が降り、火が降り、大津波があり、大災害にみまわれ、ごく少数の人が生き残る。生き残った人が与那国島の祖だというのだが、何人も始祖がいることになってしまう。災害にみまわれたのは何度もで、そのたび少数の人が生き残り、そこから派生した幾系統かの子孫たちが、それぞれの島建ての物語を語り伝えてきたのかもしれない。「いぬがん」の始祖は久米島の女である。久米島の一行は全員で何人かはわからないのだが、一人の女と一匹の犬がまじっていた。小屋を建て、海や山で獲物をとって生活をはじめた。ところが男が一人ずつ姿を消してゆく。どこにいってしまったのか、まったくわからないのである。

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