妻には気を許すな-2

 

島へ島へと

妻には気を許すな-2

女には男に隠していた世界があったように、男にも男にも語れないもう一つの世界があった。男には小浜島に残してきた妻がいたのだ。男は故郷の島と妻に向かってのノスタルジーが湧き上がってきたのであった。女がとめるのも聞かず、男はとうとう小浜島に帰った。
海で遭難したのか行方不明になっていたと思われていた男が突然帰ってきたために、小浜島の人たちは驚き喜んだ。長い歳月を悲しみとともに生きてきた妻は、すっかり年をとっていたのだが、ことに喜んで涙を流した。
二つの世界でまったく別の妻を持ち、二つの世界を交通する話の原型は、浦島伝説である。現実の生活が苦しいために、人は海の彼方や山の向こうにもう一つの世界を幻視したのである。沖縄ではニライカナイといい、奄美ではネリヤカナヤという理想郷も、その一つであろう。海の彼方の理想郷はたいてい幻燈機のように裏返しに映り、苦の生活は消える。貧しい独身男の浦島太郎のいった龍宮城は、恋があり生活の先輩はなく、時の流れさえも忘れる理想郷であったのだ。
だがこの小浜島の男の場合は、現実から理想郷へと交通をしたのではない。ただ現実から現実へと移動したのである。これはこの伝説が後年の人によって観念操作されたのではなく、原初の型のままのこされているからであろう。ニライカナイ伝説が生まれる以前の話ではないかと思われる。
人間というのはどうしようもない生き物である小浜島の男は今度は与那国島へのノスタルジーを覚えてしまった。小浜島の妻は男が与那国島にいくのを許さなかったが、男は操船という文化を持った存在であったので、逃げ出していった。与那国島にはもう一人の妻が待っていた。七人も子供をつくったので安心した男は、ある夜妻に犬が埋めてある場所を話した。その夜のうちに女の姿が見えなくなった。怪しんだ男がその場にいってみると、女は犬の骨を抱いて死んでいた。このことから与那国島では、子どもを七人産んでも妻には気を許すなというのだそうである。この子供たちから与那国島は栄えてきたという。

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