水泥棒-2

 

島へ島へと

水泥棒-2

田んぼにたまっている水は、一滴も洩らさない。水の出口は泥でしっかり固め、水の洩れる穴がないようにと、畔にはていねいに泥を塗っていた。昼間見たおじーの田んぼは底の泥が部分的に干上がっていて、すべてがまんえんなく田植えできる状態からほど遠かった。どの田んぼの似たようなもので、みんなひたすら雨を待つより仕方がなかった。私は右だ左だおじーの指示どおりに、ハンドルを回した。ヘットライトが黄色い光の棒になって、暗闇に突き立っている。トラックのディーゼルエンジンはやかましくて、まるでおじーの心の中を現わしているかのようだった。助手席にいるおじーは、まるで一人言のように話しはじめた。
「昔は道路も道もないし、トラックもなかったから、馬に乗ってきたんだ。田んぼは大事だったからよー、田植えだ稲刈りだというと、田んぼに泊まったもんだよー。空を見ながら草の上に寝ていると、星がいっぱいさー」
ヘットライトの光の中に視線をこらしながらおじーの声を聴き、私はしみじみとした気分になっていった。田んぼは大切だ。だから田んぼの水が抜かれていると連絡がはいった時、たとえ酔っぱらって眠っていても、おじーは跳び起きたのだそれからおじーは、もっとしみじみとした声では話しづけたのであった。
「田んぼに泊まれる時はよー、イモと泡盛を持っていってよー。イモを焼いて食べたさー。米を食べるようになったのは、ずっと後さー。明るくなって目が覚めると、すぐに働いてよー」その情景が、私には目に見えるようだった。イモとはサツマイモのことだった。おじーは改めていったわけではないのだが、米はうまいとの思いが私にも伝わってきた。だからどんな時代になっても、田んぼは大切な宝だ。宝なら守らなくてはならない。
「そこの田んぼだ」
おじーにいわれ、私はトラックを止めた。エンジンを切ると、静寂が染みてきた運転席から降りた私は、柔らかな風に包まれている。空には降るほどに星があり今夜も雨は降りそうもない。

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