闇のドル買い

 

島へ島へと

闇のドル買い

アルバイトをしてコツコツ貯めた所持金はもともと少なく、それをできるだけ有効に使いたい。そう考えるのは、旅人の常識である。安いというここと、心が踊るということが、よい旅をしているかどうかのバロメーターだ。私が当時していた旅は、安いところが最善だったといえる。

私は日本円を持っていて、沖縄ではドルでなければ使えない。両替をしなければならないので、ここに隙間ができる。当時私は隙間で生きていたといえる。最初は必要な分だけ東京の銀行で円をドルに替えていったが、やがて沖縄で両替したほうが有利なのだと気づいた。闇ドル買いである。

市場通りと国際通りが交差する那覇の繁華街の中心あたりにブラックチェンジの場所があった。周りは人間が多くて、白昼堂々と何をしているかみんな分かっていた。通りすがりの人に「お金の両替所はどこですか?」と尋ねると、その場を必ず教えてくれた。教えるほうも教えられるほうもコソコソした気分はなく、交番の場所を話しているような感じだったのである。

那覇最大の大通りの市場通りと交わるほんの小さな広場になったような所に、ワンピースを着たアンマー(叔母さん)たちがたむろしていた。アンマーなら誰でも着ている安物の普段着に必ず手さげ袋を持っていた。その中には商売道具の現金と計算機が入っているのだ。「兄さん、しないねー」何気ないふりをして前を通のだが、必ず私はアンマーに声をかけられる。心の中を読まれているのだ。ゴム草履にTシャツにジーパンで沖縄の人たちと全く同じ服装をし、私のような顔たちをした男もいるはずなのに、いとも簡単に見破られる。一言でも交わそうものなら、もう絶対に逃げられない。偽るつもりはないにせよ、どのようにしても私はヤマトンチューなのだ。アンマーにしてみれば、ポケットの円を米ドルに両替したがっているヤマトンチューなのである。私にしたら、1ドルをいくらで売ってもらえるのかというのがただ問題である。公定レートでは1ドルは360円の固定であった。「355円」尋ねもしないのに、アンマーは1人で呟くようにして言う。「高いよ」こう言って私は隣のアンマーにレートを尋ねる。「355円」みんな同じである。いつも同じ場所で高売りをしているのだから、協定をしているのであろう。私はいわれた通りのレートで20ドル替え、100円儲けるこの100円が貴重なのである。

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