どうなん・ちま-2

 

島へ島へと

どうなん・ちま-2

「トゥング・ダ」は人舛田と書く。まさに人間は舛ではからかわれるような存在であったのである。

もう一つの伝説は「クラブ・バリ」である。久部良港の東側の海岸は岩出形成されている。その岩に割れ目があり、幅はおよそ三メートル、深さは七メートル近くある。妊婦をここで飛ばせ、飛ぶことができなければ落ちて死んだ。たとえ飛べても、心労のあまり流産したという。もちろんこれは弱い人間を淘汰する人口調整機能である。

「クラブ・バリ」の裂け目は、海底に今もあり、観光名所になっている。三メートル幅は微妙である。立ち幅跳びでは飛べず、助走をつけるのにもまわりはでこぼこだ。私もふざけて飛ぼうとしたのだが、足がすくんでしまう。

「トゥング・ダ」と「クラブ・バリ」も、実際におこなわれたのではなく、伝説にすぎないのかもしれない。そうではあっても、こんな物語が現実味を持っているのである。

この現実の裏返しとして、海の彼方に楽土を見た人々がいた。海の向こうに「ハイ・ドゥナン(南与那国)」という理想郷があり、比川の人が船で旅立ったという伝説も伝わっている。もちろんその人々には、苛酷な現実がいつまでも追ってきたのであろう。

「ハイ・ドゥナン」は沖縄では「ニライ・カナイ」と呼ばれている。

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